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きのこがにぃきる。

にょきるによる、メンヘラ風味なブログ。おてやわらかにどーぞ。

メンヘラ恋愛譚

どこかの小説で見た。

 

パブで働く女の子が、自分がバカで嫌いでお客さんに愚痴を言ったそうだ。

「わたしはこうしてこうだった。

こうすることはバカなこと、

だからわたしはバカなのよ。」

お客さんは少し堅物っぽい人で、同僚に無理やり連れてこられたと見えて所在なさげであったが、

「今君が使ったのは三段論法というもので、とても技術の高いものだ、だから君はバカじゃない。」

と返す。自分を卑下していた女の子はその返答をいたく気にいって、そのお客さんのことを好きになってしまう。

 

そんな感じの出来事だったと思う。

自分がダメでどうしようもないなあと思っていたら、だいじょうぶだよと言ってくれる人がいた。嬉しくなった。好きになった。わたしはその人の介入のおかげで精神科に通うようになったし、救われた。余計に好きになってしまった。

もともと離れていた距離がさらに広がった。なにか思っていたのと違うと思い始めた。喧嘩が増える。泣く日が増える。

 

というわけで別れたのであったが、救われた恩からか本当に好きになってしまったからなのか、わたしはその人のことがまだ気になっている。ずっと気になっている。ずるずるとその人のいる東京に引っ越すことになった。志望学科は落ちたけれど、滑り止めで受けたその大学の偏差値の低い学科に進学する。

 

その人のことを好きな人はたくさんいると思う。別れてしまったわたしより適任な人がいると思うのだ。だから返信も他の子にすればいいのにみたいな言い方をした。そしたらツイッターに晒されたのでツイッタアランドは怖い。という話は置いておいてだ。

 

でもなんでその人はあんなにも生きづらそうにしているのか。

わたしはあの人にしあわせになってほしい。わたしがしあわせにしてもらったから。

というのはわたしの勝手な思いなのだろうか。その人になんて思われてるかわからないからわたしはもう干渉できないと思う。

 

そんな思考回路の結果がわたしはどうでもいいからしあわせになってくれというツイートなのでありました。

 

わたしの気持ちは特に気にせずに、しあわせになってほしい。と言っている時点で気にしてくれっって言っているのと同じかもしれない。

どんなに当たり散らしてもたぶんどうにか受け止められるようになるからどうか死なないで。しあわせになって。わたしはどうでもいいからしあわせに

 

という思考でいたらわたしが離れればあの人はしあわせになるのかもしれないと思いました。今後どうなるかはわかりません。

夢でも逢えない人がいるの歌詞 | 椎名もた | ORICON NEWS