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きのこがにぃきる。

にょきるによる、メンヘラ風味なブログ。おてやわらかにどーぞ。

メンヘラ言い換え問題

明日が楽しみでねれなくなっている。もう今日なんだけど。今目が覚めたのの前にも一回一回目が覚めているので、大概メンヘラっぽいのではないか。(冗談)

いやあ、メンヘラをなんだと思ってるんだって話なんだけど。これはまたいつか記事書きたいなあ。で、まあ。


今日書きたいのはメンヘラの言い換え問題っぽさについてである。


突然だけど、わたしはわりと生きていたいと思っている。死んでしまったらキノの新刊読めないし、大学には入ってみたいし。

単に自殺だとかして、あとに残した親たちのこと考えてってわけじゃない。まあそれもあるんだけども、わりと、今死んでしまうのは悲しいと思う。(にぃきるしゃんはその時その時でくるくる変わる思考をお持ちなので、とっさに死にたいとかつぶやいたり思ってたりしてるけどな!!!)

それを前提として、とりあえず。

死にたい と消えたい、逃げたい には決定的な違いがある。はず。実際に道具持たされたとして、ことを起こすか。いやあ、そんなことはない。といいなあ。(フェードアウトする声)


メンヘラ女子っぽい言動として

「もう、あなたのことなんて嫌い(そんなことはない。もっとやさしくして?) 」

「あなたがいれば他の人たちはみんないらない(ねえあなたもそうでしょう、愛してるって言ってよ?) 」

とかがあるんじゃないかと思っておるのですが(訛り)、これも下手な言い換えなのかなあと思うのです。

「(本心を伝えたら引かれてしまうかなあ、でもこれは言いたいことだし…)」

結果、婉曲に婉曲を重ねて、どうしようもないことを口走っている。みたいな印象を受けます。

近しい人だからわかってくれるでしょう、とまぜこぜにした文になってしまっているしで、あー、もう、伝わらないなあ。となる。

(まあそもそも、思考回路自体が頭がいたいんですけども)


メンヘラの言い換え。

根底には見捨てられ不安とかそういうのがあるんだろうけど、独自の世界が形成されてるから。っていうのもある気がする。近しい人との、その人とわたしだけの世界。みたいなもの。それに甘えて、難しいようなことを口に出して「言い換え」をするけど、実際それは通じない。それはもう、「甘え」と言ってしまってもいいのかもしれない。

「かもしれない」ばかりでまとまりのない文になってしまった。



ねむいときに書くもんじゃないなあ。(後日加筆修正あるかも)



締まらないけど、おわり。