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きのこがにぃきる。

にょきるによる、メンヘラ風味なブログ。おてやわらかにどーぞ。

言葉の重みの可視化

私のお父さんが、私が何か悪いことしたときの言葉に、

「しょうがないよ、育て方が悪かったんなー。」

というのがある。私のすごくきらいな言葉。そんなこともできないのかと言われてる気分になってくる。対抗心はとうの昔にすり減ってなくなっている。諦めが早いので、そんなこともできない私はくずです、すいませんごめんなさい。となってしまう。

そこで、今日思ったことはこれだ

 

言葉の重みを可視化するのだ。できたらノーベル賞もの。人の辛さがわかれば、助けてあげやすくなる。鬱で死ぬ人なんていなくなるに違いない!

まあ、そういう、夢みたいな話だけど、これには落とし穴があるよね。ってはなし。自分で言っておきながらそれによるだめなところも把握しているつもり。

そうだよ妄想空想の類だよ。今日のはそれを前提として読んでいただければよい。

 

 

キノの旅のなかに「人の痛みがわかる国」と言うのがある。

 

キノの旅 the Beautiful World<キノの旅> (電撃文庫)

キノの旅は私の愛読書ですえへへ。

キノという旅人と、モトラド(バイクみたいなの)のエルメスが旅をしていくはなし。その中でも「人の痛みがわかる国」は中核を占めると言うか、大切な話だとおもう。

キノとエルメスは一つの国に入国する。入国審査はロボットがやってくれて、レストランに入ったときもロボットが応対をしてくれる。科学が進歩した国。でも、不思議なことに、入国してから一度も人間にあわない。
居住区と呼ばれるところに行くと、家があった。でも、不自然に間隔を開けて立ち並んでいる。
やっとこさ、庭で作業をしていた男に声をかけることができる。
男はオーバーなリアクションで驚いたあと、「君たちの考えは読めない!」と奇妙なことを口にする。
彼が言うことには、「この国の人間はみんな、人の痛みがわかる」
誰でもみんな、人の痛みがわかる人になりなさいって言われたことがあると思う。誰かが困っているとき、思考が読めれば助けられる。その、思考を読む、ということを出来る薬を開発し、それを全国民が飲んだ。でもそれはいいことばかりではなく、思ったことがそのまま伝わってしまうもんだから、不都合なことの方が多かった。
だから、この国の人たちはみんな、周りに思考を読まれないよう、離れて生活している。

 

この話と、言葉の重みの可視化は似ているとおもう。

実際に言葉の重みが可視化できるようになったら、同じことが起きるだろう。

もし、自分が口に出した言葉が、相手と自分の視界の端っこに

「50グラムにうけとりました。」

とかいってグラムで表されるようになったら。

自分は100グラムの言葉を送ったはずなのに、相手にはそんな表示が出る。

私たちはそのお互いの受け取ったグラムの差をどうすればよいのだろう。

 

 

全然まとまりがないけれど。私はそんな風になったらいやだなあと思ったってことです。

はい。おしまい。