きのこがにぃきる。

にょきるによる、メンヘラ風味なブログ。おてやわらかにどーぞ。

ひなちゃん

中学の頃、隣のクラスに腕に包帯を巻いた子がいた。

小学校ずっと一緒のクラスだった。4学級あって2回クラス替えで…とりあえず、割と低い確率だと思う。
でも全然話したりはしなかった。

繰り返しになるけど、その女の子の腕には包帯が巻かれていた。
刃物はたしかカッター。
それを見たわたしはばかなことしていると、その子を見下していた。

その時の考えは
「そんな若気のいたりで一生ものの傷をつけるのか、その包帯のせいで楽しめない青春だってあるはずだ!」
であった。
「だからわたしは指を切る。指ならあと残んないでしょ。紙で切ったとも言えるもんね!」

……ばかだ。筋金入りのばかだ。

今から考えると、同族嫌悪的な感情があったからじゃないだろうか。

わたしは自分が嫌いだ。
何にも誰も止めないしあと腐れもないなら、自分を殺したい。臓器のドナーにでもなって、誰かの命を救う方が確実にましだと思う。

今わたしの手首があざっぽくなっているのは、物に当たって壊すのが怖いから、ならまだ自分に八つ当たりをしよう。という考えがあるからだと思う。
自分の優先度が低い。
ものを書くのが好きだから、そういうところで発散すればいいのに、混乱してしまうとそこに至るまでのアイディア出しができないから、短絡的な行動を取っているというのもある。たぶん。

あの子のこと見下していたあの頃ならともかく。
今のわたしにはリスカは他の手立てよりも簡単に行えてしまうのだ。

でもそれも、前述の通りデザインカッターを刺すようにやっている。柔らかい腕のうちがわだとかは全然切れない。
マイナー厨こじらせたからメジャー刃物が使えない
と先日ツイートしたが、あれは本心ではないと思う。
カミソリを買ってざっくざっくざっしゅざっしゅやらない自制心がまだ残っているから。うーん。それもあるけど。

怖いんだ。肉が見えたりする傷だとかそういうもの。
わたしの中のひなちゃんはそれが気にくわないみたいだ。

ひなちゃん。わたしはそう呼んでいる、頭の中でわたしの考えと真逆の考えを出してくる自分。
例えば、電子書籍に反対か賛成かーみたいな話を考える時、わたしがあんまり読んだかんじがしないから嫌いだなあと思うと、でもなんとかなんとかはできるしこうこうこれこれはこうだ、ばーかばーか!!と言ってくる。
わたしはとてもとても混乱する。
両方わたしから出た意見だからわたしはどちらの意見も混ぜた意見を持たないといけない。という考えに則って行動をする。
その意見を殺すのはなんだかとてもつらくて怖いことなのだ。

そんな彼女がわたしが手首をいじるとき言うことには、
「そんな傷じゃ死ねないし、そんな見えるとこにやってかまってちゃんかよ。ばか。そもそも手首切ったくらいじゃ死ねないんだってばー。死ぬなら飛び降り。
幸いここは団地の5階で、死ねはしないかもしれないけど、やってみればいいじゃないか。しねしねしねしね。メンヘラぶってる暇があったらさっさと未遂でも実際にでも行動に移したらいいとおもうんですけどー!」

とまあ過激。

それに対するわたしはなぜか弱い口調で「でも、深くやると痛いし…どばどばは怖いし。死んで生き残ったらどうするの?近所の目、治療費、死体の片付けをやるのは親なんじゃない?家庭環境がわるいわけでもないのにそんな、できないよ…」
と、いう。

ああ、ほんとによくわかんない。こんなんじゃだめだ、治したくないんなら病院行かなくていいし、行くとしてもくすり目当てだろう?治したい気持ちはあるのかな。治ったら彼女は死んでしまうのだろうか。
彼女がいなくなるのはこわいことだ。

こういうのがゼロか1の思考回路なのだろう。

メンヘラぶってるだけ。その言葉がわたしを混乱させる。
カミソリを買い、腕をざくざくにしてみればいいのだろうか、誕生日に頂いた一万でブロンを買ってざらざら飲んでみればいいのだろうか。
でもそんなことしたらほんとにまともに生きれなくなるんじゃないだろうか。戻れなくなるんじゃないだろうか。



雨の日はほんとにきらいだ。